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げげげのなまはげ ゆったりげぇ~む日記

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悲しい限りです・・・ 

 サッカーのワールドカップ(W杯)で歴代最多15ゴールをマークし「怪物」と呼ばれた元ブラジル代表FWロナウド(34)が14日、現役引退を表明した。

AP通信によると、サンパウロで記者会見し「この発表は私の最初の死を感じさせるものだ」と、涙を流して無念さをにじませた。

 インテル・ミラノ(イタリア)やレアル・マドリード(スペイン)などの世界屈指の強豪クラブで活躍したが、4年前から甲状腺機能低下症を患い、現役の終盤は肥満などに悩まされました。

 所属する母国のコリンチャンスと今年末まで契約は残っていたが、2日のリベルタドーレス杯を最後に退くことを決意しました。

 02年W杯日韓大会は8ゴールで得点王に輝き、ブラジルを史上最多5度目の優勝に導いた。全盛期を過ぎた06年W杯ドイツ大会は日本戦で2点を決め、愛嬌(あいきょう)たっぷりの笑顔と高い得点能力で日本のファンの記憶に深く刻まれた選手です。

 通算400以上の得点をしてきたが、プロデビューを果たしたクルゼイロとの試合で奪った昨年11月13日のゴールが最後となりました・・

9月に34歳となった“怪物”。その波瀾万丈のキャリアを振り返ってみよう。


1976年9月18日、リオデジャネイロ郊外でこの世に生を受けたロナウド(出生登録の申請遅れにより戸籍上は22日生まれ)は、少年時代から草サッカーの場で頭角を現し、14歳の時にブラジルのユース代表チームに招集を受ける。

その後、16歳でクルゼイロに入団。

ブラジル全国選手権で14試合12得点という記録を残し、17歳の時にPSVへと活躍の舞台を移した。

初の欧州挑戦となったPSVでは、1年目にいきなり得点王を獲得。2シーズンでリーグ戦42ゴールという驚異的な記録を残し、バルセロナに引き抜かれると、スペインの地でも1年目で得点王のタイトルを手にする。

そして翌1997年にはインテルへと移籍。96年に続き、2年連続でFIFA年間最優秀選手に選ばれるなど、選手として絶頂の時期を迎えていた。

 しかし、好事魔多し、である。1999年11月に、ロナウドは右ひざのじん帯を断裂。翌年4月に一度は戦列復帰を果たすが、再び同じ箇所を痛め、長期の戦線離脱を強いられることとなった。

2度に渡る選手生命を脅かすほどの大けがと20カ月にも及ぶリハビリ期間。「ロナウドはもう終わった」。そう考える人間も少なくはなかった。

 もっとも、そこはやはり“怪物”である。2002年のワールドカップ直前に復帰を果たすと、大会得点王に輝く活躍でブラジルを史上最多5度目の優勝に導きました。


大会後はレアル・マドリードへと新天地を求め、リーグ戦で23のゴールを重ね、自身初のリーガ・エスパニョーラ制覇を成し遂げている。

2007年1月に加入したミランでは、左ひざの腱を断裂する大けがに見舞われたが、2009年に復帰したコリンチャンスで再び輝きを発揮。

往年のスピードこそ失われたものの、天性の決定力を生かし、コンスタントにゴールを重ねた。

 クラレンス・セードルフ、ルート・ファン・ニステルローイ、ミヒャエル・バラック、アンドレイ・シェフチェンコ、フランチェスコ・トッティ、アレッサンドロ・ネスタ、アルバロ・レコバ、エメルソン、パトリック・ヴィエラと、そうそうたる顔触れが並ぶ1976年生まれ。

この“黄金世代”にあって、

ひときわ強い輝きを放った“怪物”

この怪物のゴールが見られないとなると
、寂しい気分になるのは僕だけでしょうか・・


画質悪くてすいません・・

でも、サッカーやってる人は見る価値ありです!!(非コメをおススメします!)
















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